鉄ちゃんの部屋

 学生時代と就職後しばらくの間は鉄道大好きで、休みとなると国鉄(今のJR)に乗っては
いろいろとでかけていました。その後の趣味の広がりなどで減ってしまいましたが、その興味
はついえず日頃の行動にもついその一部が顔をだします。 そんな行動の一部を紹介します。



JR西日本の木次線にある出雲坂根駅にあるスイッチバックは2回の進路変更を行うことから

三段スイッチバックと言われています。  これは鉄道が一気に上がっていくことができないよ

うな地形の標高の差を解消するために考えられた仕組みで、ジグザグに線路がひかれて標高を

稼いでいくものです。 類似のものにループ線があります。 さて、この木次線はもう10年

以上も前に夜行急行「ちどり」(現在は芸備線内の昼行急行)で通過しただけに等しい状態

だったので実質初乗りといっていいものです。


今日乗る列車は出雲横田駅8時24分はつの541D

宍道駅からの2両編成がここから一両になります。


出雲横田駅の外観

懐かしいスタイルの駅舎
で、おまけにポストは都会
ではみられないものです。
(Film;写るんです)


横田駅停車中の541D

かつてのキハ28/58とは
全く違ったイメージです。
ワンマン用のサイドミラー
が耳みたい。
(Film;写るんです)


それもそのはず、日曜日というのに高校生が大挙して下車した後は新たに乗り込んだ3名

だけですから。 国鉄時代は気動車(ディーゼル)というとオレンジ色かベージュに赤帯のもの

しかみかけませんでしたが、JRになってから各地の車両も置き換えが進み、ここ木次線には

キハ120系が投入されています。 車両は綺麗になっているものの実態はワンマンカーで運

転室が開放型になりその横には運賃箱と上にはバスでよく見る運賃表が掲げられています。

それを見ると運賃の駅名がすでに書き込まれているので、どうやら木次線専用車両のようです。


天候は雨模様でさえないのですが、気動車はそんなことは関係なく60km/hで走ります。 

二つ目の出雲坂根駅は名物(?)延命水を活用した売店兼務で5分程停車します。 

乗客の一人はここで下りてしまったので残りは鉄道ファンらしい二人だけになり、二人とも

構内にある延命水を飲み、売店で何やら購入します。 

(ゆうパックによる全国発送もここから可能です。)


延命水と541D

出雲坂根駅構内の541D
と延命水飲み場。
駅舎に近いところにもう
一つあり、休日にはこれを
汲みに来る人が多数いま
す。
(Film;写るんです)


三段スイッチバックを上がって行くと右手下には今停車していた出雲坂根の駅舎が見えます。

あっという間に100m近い標高を稼いでしまったようです。 やがて右手にループした巨大な橋

がみえてきます。 これが「おろちループ」と呼ばれる道路のループですが、この全貌を見るには

航空写真しかないのですが、2重にループができあがっており、鉄道だけでなく車にとっても難所

になっていたことがわかります。


出雲坂根駅にある三段スイッチバックの図

三井野原スキー場方面に向かって登って
いきます。

そこを通過するとJR西日本最高所の駅である三井野原です。 (標高:730m) 冬場は

駅前がスキー場となり、車両からもリフトの鉄塔が見えます。 気がつくと車内には暖房が

はいっています。 最近は北アルプスにも雪が降るなど冷気が入って来ているせいと標高

があがっているのでしょう。 

ここからは分水嶺を越えたので下りとなり気動車の音も心持ち軽快に聞こえてきます。

そして定刻どおりに終点備後落合に着きます。 


備後落合駅のキハ120

手前が三次行き。
向こう側が新見行き。
乗って来た木次線との
色の違いを見てください。

備後落合の名前どおり広島県で、芸備線と木次線の交わるところで、駅名からもわかるように

昔からの交通の要衝の地でもあります。 偶然か3方向から来た列車が集まって山間の小駅も

束の間の賑わいを見せます。 

かつてはホームに売店やうどん屋もあったのですが、今はその跡もありません。3方向から来た

気動車はいずれもキハ120系ですが、外装の色が異なるということはそれぞれの線に専用車

両ということでしょうか。 三次行きの運賃表を見ると芸備線や福塩線の駅名が見えることから

使い分けしているようです。


芸備線三次行きで三次に出た後に乗ったのが広島行きの急行「みよし」ですが、これがキハ28系

の改造車両で、外装の色と内部の座席が座り心地のいいものに変わったいましたが、鈍行が新型

で急行が改造というのはちぐはぐな感じですが、急行は消えていく運命にあるならば仕方のない

ことでしょうか。


三次駅停車中の「みよし」

ヘッドマークに毛利家の紋章
をあしらっています。紋章の隣
の「5」は毛利元就生誕500年
と見せるためのもの。